2007年11月01日

=誰が為に鐘はなるのか・・・=

今、あたしに必要なのは、
ボーダー(境界型人格障害)だとか、強迫性障害だとか、
何かしら理由になる病名や不安を挙げるだけ挙げて、
それにあった薬や慰めではないって、わかってる。

でも、どうしても、何かや誰かによりかかり過ぎちゃう。

見放されたくない、嫌われたくない、なんて、
誰もが大なり小なり持ってる感情だと想うけれど、
極度に、あたしはそれが強い。
極度にそれが強い人だって、世の中大勢いる、って、
主治医にも言われた事も、承知している。

けれど、何気ない一言や、何気ないため息や、
何気なくも何もない一瞬でも、何かを引き金に、
あたしのそれは決壊する。

現在、過去、未来、すべての人、すべての思い出、
すべての夢、希望が、嘘に思えちゃう。
全部、全部、全部、全部、何もかも、太陽もお月様も、
みんなみんなあたしを迷惑がってるって、
綺麗な花も、綺麗な雲ですら腹黒く思えちゃう。
その妄想エネルギーを地球の為に還元したいくらい。

でも、そう考えすぎてしまう己が、1番腹黒いって事なんだ。

誰かのせいにして、何かを理由にして。
我ながらまったく、くだらねぇ・・・。

知ってる、
知りすぎだってくらい自分の性質・人格の酸いも甘いを知った、
この病気をきっかけに自分と本気で向き合うようになれたおかげで。

そしてきっとこれからも、もっともっとまだまだ、
自分の見たくないもの、知りたくない部分を、
自身にも他にも、見ることになるんだ、という心持ちでいる。

正直うんざりして、もう自分ほっぽり出して、
おマ◎コちゃんにでもなって、悲劇のヒロインに成りきって、
生きながらに死んでみようかとも想ったりする。

でも、すぐに、くだらね〜、って、空に唾は吐いて、引き返す。
というか、あたしには、無理。
悲劇のヒロインぶるのはできるけど、
悲劇のヒロインにはなれない、できない、
器用じゃないし、馬鹿でもないから。

おマ◎コちゃんがくだらないんじゃなく、
そんな事を想う自分の品格が、どうしょうもねぇなって、想う。

今のあたしがあたしに求めるべきは、
あたしという、この、「どうしようもなくあたしな」自分を、どう生きるか、
を一生懸命ヤル事だ。


「あなたみたいな人、世の中大勢いるよ。
大概はそれを、それなりに対処してんの。」って、主治医に言われて、
正直、痛かった。悔しいって、想った。
だって「わかってんだよ!!!!!!」なんだもん。

ドクターの言う通りなんだ、本当に。

何年もの付き合いになるドクターは、きっと解ったと思う。
あたしの涙が悔し涙で、思わず「わかってるけど、どうしようもないだよ!!!!」って、
すがりつきそうになる自分を否めないあたしがいるってことを。

そして、だけれど、それをせずに、客観と主観を整理して、受け止めて、
「それでも日常は、変わらず続いてくから、生活してくよりしょうがないんですよね。」って、
言ったあたしが、明らかに、以前より成長し、人として社会生活を営んでいく為にいる、って事も、
淡々と、見ててくれたはずと、想う。

淡々と、人として、(まぁ、医者としてなんだろうが)当たり前の正論を、
淡々と涙を流すあたしにむかって、投げつけるドクターを、あたしは信じてる。
そして、診察室を出て日常へ戻っていく時の、あたしのちいさな決意も、
「うむ、はい、、じゃ、また来週様子を聞かせてください」と、
淡々と、横目に見ている(診ている)ドクターを愛してるとも想う。

クォン・サンウ似のイイ男だからね〜、でも新婚さんらしいんだよね〜、ちぇっ(ノ*・ω・)ノ
って、そういう愛じゃなくって、
人間として愛して、自分にとってかけがいのない大切な存在だってこと〜。

でも、主治医という存在は、自分にある人間関係の中で、
あたしの事をよく解っているけれど、1番遠い他人といえる。

「利害関係」ではないけれど、
言ってしまえば、
あたしが都合の悪いことを言われて「こんな医者ヤブだ」って、
理不尽に訴えることだってできるし、
逆に、医師の方が、「あなたにつける薬はありません」って
受け入れを拒否することだってできる。
(そんなことは、理不尽な場合も、正当な場合も含め
今の世の中しょっちゅうある事なのだろうが)
実際に、あたしと主治医の関係にも、上記のような状況もあった。

だけど、あたしは、ココロから主治医を信頼してる。
だから、何を言われても、信じられる。
何があろうと、そう信じられる自分だけは、信じていたい。

以前に、友達と話した事もあったな、「ドクターと患者の関係って主従関係みたいだよなw」って。

確かにそう、
あたしが逃げだしたとて、主治医はあたしを追いかけてくれたりなんてしない。
そしていつ放任されたっておかしくない。
放任されたら、途方にくれる。
主治医に見捨てられることが、何より怖い。

でも、嫌われたり見捨てられたりしたくないからって、
主治医にイイ顔したり、状況を嘘ついたりしたら、意味なし。
嘘はつけない、みっともなくても、
できる限りのあたしの情報の本当を話す。
あーだこーだ言って薬を増やしてもらおうともしない。

何も意味がないから。



薬が補助的な役割なように、
友達や家族、愛する人たちに、少しずつ少しずつ手伝ってもらいながら、
自分で、自分を生きてこうとしなくっちゃいけないんだ。

もう、こんな決意、腐る程した。

でも、もっかい、改めて、

「自分で自分の孤独を抱えてみろ」
「悩むな、考えろ」
「笑う努力しろ」
「走れ、歩け」
って、ある人達が言ってくれた言葉を肝っ玉に刻み込んで、墨入れて、
今日からまたやってく。


何度でも、やってく。


どすこい!!!!!!!!
我があたしよ、どんとこい。







posted by 道化師らずる at 18:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 闘病・入院・療法・療養・経過 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月04日

アンパンマンマーチ

いまさら、こんな事を、改めて言うのもおかしい話だが、
生きている事が、どうしても、罪悪に思えてしかたがない。

呼吸をすること、深呼吸すること、
食べること、笑うこと、怒ること、眠ること、
泣くこと、喋ること、水を飲むこと、薬を飲むこと、
お風呂に入ること、生きる総てが、「してはいけないこと」
と、思える。

けれど、死ぬことに勝る罪悪はない。

私が望まなくとも、私が死ねば、誰かが泣く。
母親は自責するだろう。
姉や兄も、姪も、皆が、哀しんでくれるであろう。
18年前に先だった父親も、来てくれるな、と、拒むだろう。
このblogを読んだ人も、何人かはあざ笑い、何人かが泣いてくれるであろう。

「自分で自分を殺める」ことが、どれだけの自己中心的行動か、
私は、知っている。
だから、死なない。

だから、生きている。

入院中、同室の友人が、手首を切った。
知らされはしなかったけれど、看護士達の様子と会話から
リストカットをしたことは、明らかだった。


初めて知った、
目の前で刃物を手首につきつける姿を見せられてきた母親の気持ちを。
漂白剤の飲む娘の姿を見せられた母親の気持ちを。
泣くしかなかった。


死ぬことも罪で、生きることも罪ならば、どうすればいいのか。

泣くしかなかった。
雨の中、病院敷地内の陰で、泣くしかなかった。

いつか嫁ぐその日まで、母親に泣き顔は見せまい、と、心に誓った。
いつか先立つ母を看取るまで、生きようと、心に誓った。

でも、つらい。
生きている事は本当に罪悪の塊だ。
「喜怒哀楽があるということは、生きているということ、それはとても幸せなことだよね」
と、13歳の少女は言う。
そんな彼女に、こんな事を言ったら、きっと、哀しませる。

ごめんなさい。

私の免罪符は何処にいった?

それを見つけるまでは、死ぬことはないだろう。

そして、免罪符を見つけたらば、私は、それを心に縫い付け、
道の真ん中を歩こうと思う。

偏見の目でみられようと、私は大声で、
「アンパマンマーチ」を歌いながら、歩いてやる。
右手には、愛という名の生涯の伴侶の手を握り、
左手には、希望という名の、まだ見ぬ我が子の手を握り、
大手を振って、歩いてやる。
posted by 道化師らずる at 21:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 闘病・入院・療法・療養・経過 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月02日

スイミー行進曲

予兆はありました。体の痛みだけでなく。

心の痛みが、不可解な言動を引き起こしていることを、知っていました。

息子と歩く散歩道、煙草の吸殻を拾い集めていました。
この潔癖的な行動は以前にもblogで紹介しました。

事あるごとに手を念入りに洗っていました。

顔の表情がこわばっていました。
笑い方がわからなくて笑えなくなっている事にすら気がついていない自分を
私は、遠くから見ていました。

顔はこわばっているのに、画面上に、「^^」とか、
「(・▽・)/ 」とか、記述して、笑っていると、
自分と周囲に思いこませようとしていました。


パソコン依存しているから、離れよう、と、電源を落としても、
2時間、いや、1時間毎に、ON、OFFを繰り返していたと思います。

体の痛みを憑依だと思いこみ、そう証言もしていました。



抑圧と偏見という小さな細胞達が、
寄り集まって、
小学校の国語の教科書に載っていた
「スイミー」のように巨大な塊
となって
私の方を睨み付けている、こっちへと向かって行進している、と、気が付いていました。
「パダン、パダンパダン・・・」と、行進している。
それすら、錯覚だ、と、思いこませようと、そ知らぬふりをしていました。

そ知らぬ振りをして、家事やblog更新、作業療法、に、打ち込み、
そして、逃げ場がなくなる深夜に、眠剤を放りこんで、
夢だ夢だ夢だ夢だ夢だ夢だ夢だ夢だ・・・・・・・
と、眠りに就いていました。

翌朝、目覚めると、世界は私のダイスキな紫色に染まっていますように、と、
まぶたをあけると、そこは何も変わらない、いつもの風景。
淀んだ空気を換気しようと、窓をあける、太陽がこっちを見てる、
「おはようございます、今日も私達に光をありがとう」と、感謝して
水を一杯飲みます。
そうしている間に、巨大な塊は、私の目覚めに気が付き、
忍びより、私の肩にドスンと、落下してきます。

階下の母と祖母に「おはようございます」と挨拶をしている声が
声になっていない、はぁ・・・、ごめんなさい。家族。

そこからスタートです、巨大な塊とのレースが。

・まともに挨拶ができない マイナス1

・息子と朝の散歩、満面の笑みの愛犬の顔をみて、ほっと肩をなでおろし
風を感じて、歩く プラス1

・散歩道、吸殻、ゴミ、拾い集めて歩く 周囲の目は、変人を見る目だ、と、凹む マイナス1

・少し冷めた珈琲を温めている間に、手を顔を念入りに洗い、朝食の準備をする プラス1

・温まった珈琲と、朝食、煙草を口にしながら、PCに向かう コメントに対するコメントに、友の生存を確認しほっと胸をなでおろす プラス1

・PCに向かいながら、その日の天気によって、洗濯機を廻す プラス1

・洗濯機が仕事を終えてくれたならば、祖母の部屋を通ってベランダへ 祖母に「今日は調子はどうだぃ?」と一声かける プラス1

・週2回の作業療法の日、寝坊してもPCのチェック、洗顔、薄化粧、朝食、は、怠らず 少々遅刻とわかっていても、めげずに自転車をすっとばして病院へ向かう プラス1 遅刻 マイナス1

・作業療法の帰り道、景色と風を感じながら、のんびりと、ふらふらと、回り道をして帰る プラス1

・作業療法あるいは、PCでの作業に午前中は時間を費やし 昼食を摂り、PCから離れる プラス1

・朝食後と昼食後の食器の後片付けをまとめてする プラス1

・午後は、本の模写、編み物などをして手先を動かす プラス1

・気がつくと、疲れて寝ていて、母親に、起こされる イラっとくる マイナス1

・イライラを原動力にPCのPowerボタンをPush バーチャルな世界への旅立ち マイナスかフプラスかわからない

・カラスの声を聞き(実際聞こえてはいない)、夕刻、息子との散歩の時間だと、気が付き、ネットの旅から帰路 プラス1

・母が外出している日は、雪下(?)鍋に、水を張り、煮干を投入して、味噌汁の下準備をする プラス1

・息子と散歩 息子の健康的な表情に心踊る プラス1

・息子の目は涙の機能が低下しているから、目薬を点薬してやらなくてはならないのに、嫌がる息子に勝てそうにないので、諦める マイナス1

・夕食までの時間、しばし自由時間 

・自由時間の楽しさがMAXに達しそうな頃に、階下から母が夕食の時間を告げるの声 凹む 抑揚の無い声で返事する マイナス1

・食事は美味しい、が、量が少々、多い・・・でも、文句は言えない たいらげる プラス1 胃がイタイ マイナス1

・食事を終えたら、祖母の自室へ、食事の膳を下げつつ、薬の用意、エンシュア(栄養ドリンク)の封をあけ 食事の進み具合を誉める 「また残してしまった、お母さんに怒られる」とつぶやく祖母に「大丈夫、残飯は見せないから」と、なだめる プラス1 「死にたい」と言いたくなる気持ちがわからなくないが、死なせる訳にはいかないのだ、ごめんと、心の中で謝る 心労 マイナス1

・食事の後片付け、ステンレスもピカピカに洗い上げる プラス1 潔癖すぎるな、と少々自責 マイナス1

・食後の自由時間 彼とつかのまのメィルや電話での会話を楽しむ プラス1

・楽しい時間に入浴時間が迫る 入浴の準備ができた、と、母から伝言アリ、電話切りたくない、少々浴槽の湯が冷める頃まで粘って喋る マイナスかプラスかわからない

・彼のその日の気分に、左右され、電話の「切」を押した後、泣く マイナス1

・泣きながら友達にメィルで状況を報告する 頭を撫でてくれる友、そんな男にはまっている自分が悪いと直球を投げてくれる友がいる プラス1 

・友達に愚痴をこぼしてしまった自分を責める マイナス1

・マイナス要素を洗い流そうと、風呂へ プラス1

・マイナス要素を封じようと、編み物に集中する プラス1

・心労からくる身体の痛みに集中力が持続しない PCに逃げる マイナス1

・バーチャルな世界で、痛みをわかちあえる同志とのやりとりにふける プラスもあり、マイナスもあり

・同世代の仲間が集う掲示板で、少々変人扱いされているような・・・ マイナス1

・自分の決めた就寝時刻を過ぎていても、眠剤投与せず、同志とのやりとりにふける マイナス1

・名残惜しいが、自己管理が自分の仕事、と、言い聞かせ、眠剤を飲み、眠くなるまでしばし 瞑想 プラス1

・身体の痛みが、デクレッシェンド していくと共に、眠りに就く 巨大な塊とのしばしの休戦 
プラス1

・翌朝、目覚め、スイミー行進曲が流れ、またレースがはじまる・・・・・

∞・・・∞・・・∞・・・∞・・・

昨晩は、箍がはずれた

新しい同志と、ネット上で有意義な時間を過ごした
濃く重い内容の会話を楽しんだ
禁じていたビールの封をきった

寝なくちゃ寝なくちゃ・・・でも、眠くない・・・
会話とぎらせたくない・・・
他の同志の様子も気になる・・・

同志よ、この発言は決して、
 
  貴方を責めているのではありません。



携帯電話のメィル着信音が響く

ぇ?

「おはよう」と、早朝勤務の彼からのメッセージ

「まだ暗いのに、もう、朝かぁ〜。今日も頑張って!!」と、エール送る

「日の出の時間が遅くなったな、もう半袖ではいられない、いってくる」と、職場へ彼は向かう


さすがに、もう、眠らなくては、と、同志に別れを挨拶をし、
床にもぐりこむ

数時間後、寝坊すけな私を起こしに母が、自室を訪れる

起きられるはずがない


11時半、頭痛が酷くて、嫌でも起き上がる

階下の母の目がみれない
私「ぉ・・はょ・・ぅ、ご・・・いま・・す・」
母「何時に寝たの?」
私「憶えてない(5時過ぎです)・・・。」
母「やっと生活リズム取り戻せてきたのだから・・・あーだこーだ、アーダコーダ・・・」
私「・・・・はぃ。」

薬の封を開けることですら、重労働。

PCを開く。
「予兆はありました。体の痛みだけでなく。」と、打ち込む。



同志たちに、感染しませんことを、祈ります。
感染の恐れがあるので、投稿するべきかどうか、悩みましたが、
事実と、現状を報道するべきだ、と、判断し、投稿します。

長い文章、読んでくれた方、ありがとう。
私を踏み台にして、プラスへとベクトル向けてください。
posted by 道化師らずる at 14:22| Comment(0) | TrackBack(1) | 闘病・入院・療法・療養・経過 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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